ないまぜ日記

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不公平感

勤務先は1月8日から完全に在宅勤務になったのだが、それまでは、隔日に出勤と在宅を繰り返すスケジュールだった。在宅勤務になると曜日の感覚が狂ってしまうどころか、祝日の感覚も薄れる。

 

先週の金曜日に次週の予定をやり繰りしたのだが、夕方になってチャットで打合せして初めて、1/11(月)は祝日だと気が付いた。予定が全部狂ってしまい焦ってしまったのだが、50歳で子供がいないと成人式なんて、まるで関係ない為に完全に失念していた。

 

通勤で使う路線では運転士に感染者が続出して減便運行になっている為、1/7の出勤では普段ではあり得ない混雑率だった。あの密集状態は最早恐怖でしかない。

 

勤務先では、元は同じ会社が分社化したせいで同じフロアに別会社が共存している。別会社なので在宅勤務の考え方も違う為、非常に不公平な状況だ。私が勤務する側の会社は偶然、正社員も非正規雇用も待遇が同じだった為、不公平ではない。だが同じ派遣会社から勤めている別会社に勤めている人は、なんと在宅勤務がないのだ。正社員のみが在宅勤務になるらしい。

 

この不公平感。

同じフロアでこれだ。

どうしてそんな事になるのだろう。

世の中の不公平感がコロナ禍で浮き彫りになっている。

 

離婚するまで気持ちに余裕などまるでなく自分の事で精一杯で、人に親切にするなんて考えてもいなかった。今の勤務先でちょっと前までは絶対に避けていたような、大きなお世話、要らぬ世話をしているのも、人に親切にしたいと思うようになったからだ。本当に要らぬ世話だと親切の押し売りでしかないが。

 

望遠鏡的博愛と揶揄したディケンズの影響もあって、子供の頃からチャリティはあまり好きではなかった。だが先々月、偶然見かけた国連難民サポーターになった。ドバイに住んだ経験が大きいが、アフガニスタンバングラディシュなど、それまで遠い国の人でしかなかったのが身近に感じられた事は大きい。本当にわずかながらも毎月、寄付を始めた。

 

世の中は不公平だ。子供の頃に憧れたコルホーズソフホーズは幻でしかなかった。そして格差社会はなくならない。保身の為にお金は大切だというのもまた事実だ。

 

一輪でも良い、花を飾ろうと思うようになった。

大袈裟ではなく、花は希望に満ちていると感じるようになった。

 

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します。

 

と、一日遅れでご挨拶をとブログを書いているところに、不穏なニュースを見てしまった。東京都と埼玉県が緊急事態宣言を国に要請するんだとさ。

 

それやるなら、クリスマス前じゃないと効果がないんじゃ?と突っ込んだ関東圏在住者が、一体何万人いたのだろうか。

 

今年も延々とこの手のニュースに振り回されるのだろうなーとげんなりしつつ・・・。振り回されないよう粛々と尚且つ自分の楽しみを守り生活するしかないと、新年に相応しく今年の目標とする。

 

あーでも、消毒もマスクもめんどくせ。

どっか行きてー。

国外に高飛びしてー。

台湾行きてー。

ベトナム行きてー。

エストニア 行きてーーー。

年末のご挨拶

晦日には良いお年をお迎えください、という挨拶は良くないらしいのだが、気が付くと大晦日になってしまった。

 

仕事納めは28日だったのだが、29日は昼まで布団の中でゴロゴロしていた。なんだか色々すっかり疲れていたからだ。一日中ダラダラ過ごしたら、なんとなく掃除でもする気になり、30日は部屋を念入りに掃除機をかけ、ユニットバスを壁と天井も掃除し、在宅勤務で資料やら文房具やらでゴッチャゴチャのテーブルを片付けたら、全てのやる気を失った・・・。

 

結局、窓掃除もしなかったし、バルコニーにたまっている落ち葉もそのまま、ミニキッチンの換気扇はルーバーの表面をちょっと拭いて終わりにした。気にしない(笑)。

 

離婚して独り暮らしになってみて実感したのは、私にはお一人様が合っているという事だった。結婚する前は殆ど孤独など感じた事はなかった。結婚したら逆に果てしなく孤独だった。まるで意思疎通が叶わない相手と一緒にいると、独りでいるよりも絶望的な孤独を感じる事が良く分かった。結婚していると、相手を最優先しなければいけないような義務感があったが、相手は私を最優先になどまるでしていなかったにもかかわらず、私は自分の事を最優先に出来なかった。離婚して独り暮らしになってみると、誰も私の事を最優先にする人はいなくても、私自身が私を最優先にできるのだ。

 

もっと歳を取れば寂しさを痛感する事があるかもしれないが、自分を最優先にできるこの自由を謳歌している今は、クリスマスイブに成城石井で買った大好物のチーズケーキを独りで食べながら感じる小さな感傷(笑)など、まるで些細な事なのである。

 

コロナ禍で何もかもが当たり前でなくなったこの年、人に親切にする事が如何に大切な事かを実感した。人には親切にしたいと思えるようになった事に優越感すら感じる(笑)。

来年も宜しくお願い致します。

年末年始の予定

9月半ばに転職して以来、ゆっくりと編み物をする事が殆どなかった。土日は基本的にずっと休みであったのだが、実のところ、職場の人間関係に振り回され気が休まらなかった事で何もする気になれなかった。まだ若い上司が部下に尊敬されずに悩んでいるのを宥めるのに、週末にまで長文のメールでやり取りする羽目になるとは予想外だった。上司が部署内で一人浮いてるのを見ると、相談する相手を間違えてるだろうが!と切り捨てるのはちと忍びなかった・・・。

 

部署は全員野郎どもだ。当然、テストステロンの戦いなわけである。15歳からほぼ男子校みたいな母校に通い、職場も殆ど野郎のみの場合が多く、テストステロンの戦いを延々と見てきたのである。私としては毎度の事なのだが、久しぶりにテストステロンの戦いに遭遇するとまるで違う感覚を持ったのは歳を取ったせいなのだと思う。野郎どもは判で押したように決まって精神年齢が低い(笑)のだが、自分がババアになってみると最早一回りも年下だとまるで子供に思えてしまう。ババアになった事を日々実感している(笑)。

 

ここ数ヶ月、野郎どもを宥めるのに神経を擦り減らした。そんなもん、ちょっと本人に直接聞いてみりゃ良いだろうが!と言いたくなるような事でも、野郎どもは決して自分から聞こうとはしない。なぜなら自分から譲歩したら負けた事と同じだからだ。テストステロンってやつは、本当に面倒臭い。クソみたいな自尊心が邪魔をするわけなのだ。まー、このクソみたいな自尊心を、女としては私も相当に持ち合わせているが故に野郎どもの気持ちが分かるとも言える。結局、お互いが直接聞けば済む事を私を通して相手に伝える、というような、回りくどい事を日々やっていた。通訳かよ。

 

いよいよ私のストレスも限界に達しそうだった。半月ほど前から奥歯の数十年物の銀歯が沁みていたのだが、子供の頃から虫歯が多かった私は兎に角、歯医者が大嫌いだ。しかし放っても置けないので師走から歯医者通いが始まってしまった。歯医者からはあちこち治した方がいいと言われ恐れ慄いている。

 

年末年始に実家へ帰る事は早々に諦め、今年と同じように引きこもる計画だ。そこで毛糸を購入し、半袖セーターを編む事にした。毛糸は11月の下旬には購入していたのだが、まるで取り掛かる気力がなかった。今日、ようやっとCast on! 糸が細いため1週間の休みではとても仕上がらないと思うのだが、換気の為に窓が開けられて寒い勤務先で着たいと思っている。一昨年エディンバラ で買った毛糸で編んだチョッキは残念な事にワンシーズンですっかりフェルト化してしまった。洗濯の仕方が悪かったのか、というより毎日のように着ていたからか・・・。

 

編み物は良い。

無心になれる。

ストレス解消!

師走らしさ

スティーブ・ブシェミ主演「ボードウォーク/エンパイア 欲望の街」をシーズン5まで鑑賞。途中から、ちょっと流し見みたいになってしまったのだが、私が一番感情移入していたリチャードの最期でボロ泣きしてしまった。こんなにボロ泣きしたのは、妹のウサギが死んで以来かもしれない。

 

ブシェミはショーン・ビーンに対抗できるくらい映画の中で見事に死ぬ。それはテレビでも同じ事だった。というか、悪い奴はロクな死に方をしないという、ある意味勧善懲悪な内容でもあった。ジリアンに関しては居た堪れなさを強烈に感じるところではあったが、美人であるがゆえの苦労を嫌というほど凝縮した登場人物だったなと思う。美人でなくて良かったなと思えるほどに。

 

その中でケリー・マクドナルドが演じたマーガレットは多少の悪事に手を染めるしたたかさを持っても善良さを失わず生きていく事の大切さが、彼女のイノセントな個性で際立っていたように感じた。そういう意味で見事な配役だと思う。

 

禁酒法の時代というのは実に特殊な時代だと思うのだが、年中師走の焦りみたいなものがあるような気がする。師走というだけでなぜこうも焦りを感じるのか。子供の頃から大晦日の夜中まで店番をさせられる事が染み込んでいるせいなのか。社会人になって、年内に終わらせる必要がない仕事でも、兎に角年内に片付けよう!というスローガンの元、師走はバタバタするトラウマか。

 

そして今日、師走も半ばに突入するこの時期に先々月に行った客先にまた現調で向かっている。勿論、年内に仕事をまとめるためだ。師走らしいよ、ほんとに・・・。

 

社会復帰すると忘年会のお誘いが多くなるのだが、今年はコロナ禍という事もあって忘年会がない。そういう意味では、師走とは言え仕事さえやっていれば良いので随分楽かもしれない。忘年会で寝不足な上に仕事が忙しいせいで毎年疲れるわけだ。これはこれで良い事なのかもしれない。忘年会が好きな人にはつまんないだろうが。

眼福

勤め先の敷地内に小さな祠がある。

とりあえず柏手を打っておいた。その御利益のお陰で雇われたかもしれない。

 

前職よりも仕事は多岐に渡る。現場あるあるな書類に社印を押印してPDFで送ってくれ!といった雑用から、隣県への現調、主な仕事も複数の案件を掛け持ちしているせいか、なかなか歯応えがある。だが最も難儀な事は部内の意思疎通が機能不全を起こしている事だ。またかよ。

 

上司と部下の間に深い溝がある事にはすぐ気が付いた。何しろ勤務初日に現場で打合せた時、現場に常駐する部内最年少の彼から愚痴を散々聞かされた。私の息子と言ってもおかしくない彼は、かなり上司から標的にされているようだ。そうやって潰されて辞めていく人を腐るほど見てきた私としては、息子を助けてやらなきゃ!と妙な使命感を感じている。私と入れ替わりのように辞める人がいた為、余計に心配になった。初めのうちは関わらないように距離を置いていたが、あっという間に巻き込まれてしまった。

 

息子には一人で抱え込まずに周り全員巻き込んで良いから助けてもらえ!と忠告したら、素直な彼はそれ以来、何か困るとチャットで「ヘルプ!」と私を呼び出す。雑用を頼めるような気軽に言える人がいなかったという事なのだろう。なんて不憫な息子よ。

 

息子ともう一人、現場に常駐している責任者は非常に冷静沈着で生真面目だ。禁欲的に見えるほどで、若いのに仕事に関しては実に厳しい責任者であるその人を息子は煙たがっている様子である。

 

ところがである。その禁欲的で生真面目なその人は、思わず感心する程の二枚目である。市川雷蔵眠狂四郎みたいなキリリとした眉をしている。あの眉はメーキャップだが彼は地毛であれである。私以外の同僚からは某有名ロックバンドのボーカルに似ているという専らの評判である。実際、似ていると言われた事が何度もあったそうだ。余りの二枚目っぷりに、色々と仕事を頼まれた際に「しょーがない。二枚目だから許す!」と何度も言っていたら、いつもクールだった彼が私の冗談に乗ってくれるようになった。

 

報告書を提出するのに、掛け持ちしているせいか面倒臭い上に、内容をどう書くか捻り出すのに時間がかかる。報告書に盛込む内容で雷蔵にチャットで問い合わせ「書くのに神経すり減らすんだよねー。」と送信したところ「分かりました。私からその事は上司に相談してみます。」と返信がきて焦った。「おい、ちょっと待て! 冗談だから本気で心配するな。」と正義感が強過ぎる雷蔵に慌てて返信して事なきを得た。

 

その時はただ焦っただけだったのだが、後で考えると雷蔵のやった事がすご過ぎて笑ってしまった。まるで塔に閉じ込められた姫を救う白馬の騎士みたいな行動だ。さすが二枚目はやる事も二枚目なのである。救われそうになったのはババアなのだが、救う方は白馬の王子様系がサマになる。あの顔で軽薄ではないという奇跡(笑)。

 

こりゃーモテるの仕方なし。普段、雷蔵は現場にいる為、チャットか電話で打合せるのだが、たまに本社で打合せる事もある。そして打合せの間、せいぜい1時間くらいの間に女性達が入れ替わり立ち替わり近づいて来ては何かしら声を掛けていくのだ。その様子が面白くて仕方ない。恐らく子供の頃から不本意ながら片想いされた事が数多あるのだろうなぁ。女が寄って来ないよう笑顔を封印する為、いつもクールな振る舞いなのかもしれない。などと妄想しながら、女性達が実に嬉々として雷蔵に話しかけていくのを眺めている。中でも一人は本気なのかなと思わせる女性もいて、恥ずかしそうに話しかけるのを見ていると、えも言われぬ甘美な感傷を感じてしまう。青春だなーー、甘酸っぱいなーーーーー、と見守りたくなる。

 

実に眼福。