ないまぜ日記

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祖父の足跡 足跡編

母方の祖父が満州から旧ソ連へ連行された時はシベリア鉄道を通ったはずだ。私が乗った中央アジアの鉄道は何処かでシベリア鉄道と繋がっている。オムスク辺りだろうか。私が乗った電車が通った同じ線路を祖父も通ったのだろうかと思いながらビデオを撮った。今では延々と続く同じ景色を窓から眺められるが、祖父が乗せられた汽車は窓もない貨物車だったのではなかろうか。何処へ連行されるのか分からず何日もかけてシベリア鉄道を走る汽車に乗っていたはずだ。どれほどの不安か考えるだけで哀しくなる。

日本人の抑留者が建設に携わったという劇場も見学した。この日は帰国する日であり、雪のせいで電車が遅れてしまい時間がなかったのもあって劇場の前を通り過ぎた感じの見学であった。地下鉄の見学も予定されていたのだが、時間がなくて行く事が出来なかったのがとても残念だ。
1966年に発生した大地震で首都の街は壊滅状態になったそうだが、この劇場は倒壊しなかった。その為、この国の人々は日本人の技術力の高さと律儀に仕事をする勤勉さをとても尊敬しているらしい。この国が経済発展すると共に電力供給が大きな問題になっているようだ。旅行中、ひと月も早い寒波が襲ったせいで暖房用の電力需要が急激に上がったのだろう、夕方になると連日停電してしまった。旧市街等の特にインフラが老朽化している地域が停電になりやすいので、観光客にも影響が多い。ガイドさんは日本の企業が発電所を建設する事にとても期待しているそうだ。

祖父がソ連へ入った最初の街はどこだったのか。身上申告書に書いてある街の名前をシベリア抑留死亡者の収容地区別一覧表で見るとそこは中央アジアの某国になっていて、私が今回訪れた国の隣国だ。しかし、私が訪れた国にその街がある。もしかしたら、戦後すぐの時代の国境はソ連崩壊後に独立した今の国境とは違うのだろうか。どうも謎は謎のまま、このまま解決できないような気がしてきた。