ないまぜ日記

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復活

これまで行ったことのなかったヒューマントラストシネマ渋谷に昨日見に行きました。月曜日のお昼だというのに、とても混んでいた。平均年齢は確実に60代でした。しかし、宗教的な主題の映画をこんなに見に来る人がいるなんて、東京ってすごいなと違う意味で感心したのも確かです(笑)。ただ、映画の終盤くらいまでずーーーーーーーーっとポップコーンをカサカサさせて食べる人がいて、気が散るなんてものではなく、かなりの苦痛が伴いました。こういうのは個人差が大きいとは思いますが。

私は神様仏様を拝むのは決して信じているからではなくて、寺社で拝む事で希望というか要望を認識する為の代償行為なのだと思っています。人間と同じような姿をした全能の神がどこかにいて、神がこの世の何もかも決めているなんて全く信じられない。世の中で起きる事は何かの偶然であったり必然であったりすると思いますが、それは神のお陰様では決してない。そんなの、誰かに勝手に決められたくありません。自分に悪い事が起きると、神が試練を与えたとか、自分が犯した罪に対する罰だとか、そんな風に考えるのは、悪い事が起きる理由がないと心の平安を得られないからだと思うのです。でもそれは単なる自己満足かもしれません。何故に答えがあるとは限らない。実際、何故に答えがないのは本当にやってられませんが。

冒頭、ジョセフ・ファインズ演じるクラヴィウスが戦闘を繰り広げます。それがやたらと細かい。古代ローマの戦術を解説するドキュメンタリーみたいなのです(笑)。いや、それがとても興味深くて、面白くなりそう!と期待したのです。で、その戦いが終わるとキリストが早々に磔刑になってて、話がトントン拍子に進んでいくので前半の1時間はとても面白かった。何しろ、宗教的指導者が磔刑で殺されたのに生き返るのです。胡散臭い話なわけです。インチキ宗教の典型ですから、奇跡を見せて人に信じさせるなんて。それがどうしてこんな世界三大宗教に成長したんだろうと考えた時、実際に奇跡が起こったとか復活したとか、その事実はどうでも良いことなんだと良く分かりました。大切なのは布教なんだなと。それを信じさせる為に説得力のある布教者がいれば良いんだなと。

基本的にキリスト教を信じている人が見たら心が洗われるのかもしれません。私のようにインチキ宗教とどこが違うのか良く分からない不遜な人間には向いていない映画でした。キリストの遺体が墓から消えた事を密室で起こった犯行を調査するような展開は面白かったのです。で、そのキリストの復活を否定するような展開なのかと思っていたのです。迂闊でした(笑)。信じる方向に向かうんだ〜。そりゃ残念、と思ってしまったので一気に楽しくなくなってしまった。

この映画を見に行きたい理由、ピーター・ファースさんの演技は素晴らしかったです。皇帝が来る前に問題を早く片付けたいお役人の焦り、中間管理職の悲哀というのを見事に演じていました。というか、ジョセフ・ファインズも相変わらず暑苦しいけど熱演でしたし。ピーターは絶賛もろ肌公開で見事な太鼓腹を拝めました。古代ローマ人ですもの、風呂に入るのです。このシーンがなかったら、見に行った事を悔やんだかもしれません(笑)。

そして最後に脱力してしまったのは、映画の上映がブルーレイを再生したものだったということです。発売元のロゴが再生されている時に早送りしようとすると表示されるエラーメッセージが銀幕に登場したのです。がっかりというか、なんというか。このエラーメッセージを見せるなんて観客に対してとても失礼だと思いました。

このディスクではただ今、その操作は禁止されています。

映画は上映したいけれどデジタルデータで配給するのも採算が取れないから日本語字幕付きのブルーレイで上映したのでしょう。ということはブルーレイの発売は決定しているんだな。まさかDVD再生だったりして・・・。映画館に来たのにブルーレイの再生だったというのは実に悲しい。デジタル上映と何も変わらないかもしれないけれど、やはり悲しい。

フィルム上映が好きだ!