ないまぜ日記

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交付

祖父(母方)の軍歴照会の所轄の県庁から資料の写しが届いた。

今月初め、県庁の担当部署へメールの問い合わせに対する回答がないと電話した翌々日に県庁の担当者から電話があった。申請をしていた兵籍簿と身上申告書以外に未復員者名簿にも記載があり、これも交付しますか?という確認の電話であった。記録があるものは全て交付して送付してもらうことになっていた。

実際、届いてみると父方の祖父の書類とはまるで違う。母方の祖父の軍歴資料はそのものずばりの写だった。古い資料をそのままコピーしてある。旧字体旧字体の略字、更には大勢の復員者の事務処理を担う役所の担当者の焦りや投げやりな気持ちが現れている殴り書きの字は正直、とても読み難い。しかし、そこには知りたかった事が書かれている。

兵籍簿には学歴やどの部隊に入隊し駐屯地までの行軍の様子が多少分かった。興味深いのは身上申告書だ。復員後の聞取り調査による記録のようだ。終戦後も生死が不明の場合は家族も聞取り調査をされていたのが分かった。記録によると、終戦後に祖父の戦友が祖母を訪ねて祖父の生存を知らせてくれ、その後祖父から手紙が届き生存が確認できた、という事が記録されている。

祖父の収容所はシベリアではなく中央アジアだった。町の名前も収容所の番号も記載がある。シベリア抑留と言っても旧ソ連全域に収容所があったのは知っていたのだが、中央アジアだったのは本当に予想外だった。ソ連から独立して今や日本からも観光ツアーが存在する国になっている。嬉しい。一人で全然行けるね(笑)。

戦後に戦友が親族の生存を知らせてくれたというと横溝正史の「獄門島」を思い出した。ひょっこり訪ねてきた傷痍軍人は実は健常者で復員詐欺だったという冒頭のコミカルなシーンがある。しかし、映画の最後でこのインチキの傷痍軍人が来なければ殺人事件は起こらなかったであろう運命の皮肉が用意されていた。復員詐欺は意外と多かったようなのだが祖父の戦友が誠実な人だったのは本当に幸運な事だったのだな。

二人の祖父が亡くなって20年近く経って漸く知る事が出来た。二人の祖父に聞いておけば良かったと後悔する気持ちがこれで少しは拭えるような気がしている。戦後70年。今年はとても良い年回りなのかもしれない。