ないまぜ日記

映画、海外ドラマ、音楽、その他諸々、ないまぜ日記

回答

父方の祖父の軍歴に関して所轄の県庁から書類が届いた。驚いた事に「軍歴事項の照会について(回答)」というA4の書類たった1枚だけが郵送されてきた。父方の祖父の所轄の県庁は軍歴資料をそのままコピーするわけではなく写しとの説明があったのだが、やけにあっさりと軍歴事項を日付を追って一覧にしてある。祖父の着任地も某州政庁勤務とだけで、祖父が書き残していた村の記載はなかった。余りのあっさりとした内容に肩透かしを食ってしまった。

軍歴の照会をする為に必要な書類として、改正原戸籍を2通に結婚して苗字が変わった事を照明する為の私の戸籍抄本を同封していたが返却がなかった。原本は返却してくれるものとばかり思っていたので驚いた。軍歴照会を郵送で手続きしたい事に関してメールで問い合わせをしていたのが数日経っても返信がなく、メールの問い合わせに返信がないと県庁に電話した時からお役所仕事ってこんなものだよなーと半ば呆れていた。問い合わせのメールアドレスをホームページに載せているのなら返信するのが当然だと思うのだが・・・。結局、県庁宛のメールでの問い合わせにはその旨を電話して二日後に漸く返信があった。

母方の祖父の所轄の県庁からもメールでの問い合わせに対して返信がない。資料の有無を確認してから依頼書を郵送するようにとの事だったので、その旨をメールで問い合わせした。しかし数日経っても返信がなく電話するのも馬鹿馬鹿しく思えたのだ。母方の祖父の方は軍歴照会の依頼書が県のホームページからダウンロードできた為、必要書類が揃ったので問い合わせへの返信がないまま、さっさと送ってしまった。問い合わせのメールアドレスをホームページに載せる意味があるのか大いに疑問だ。メールしてから2週間経ったが未だに返信はない。まるで無視されている。メールに返信がないまま資料申請の依頼書を郵送してから10日が経った。母方の祖父の軍歴資料は届くのだろうか。なんだか諦め気分になってきている。

多少期待はずれであった父方の祖父の軍歴事項なのだが、思いがけない情報も含まれていた。父方の祖父は公務員で軍人としてではなく軍属であった為なのか、出征する前の記録もあったのだ。最も知りたかった祖父の任地の詳しい記載はなかったが、昭和19年1月に門司港から出発、昭和21年5月に名古屋港に帰着という事が分かった。どうやらガラン島で3ヶ月近く収容所で生活していたらしい。恐らくそこでマラリアに感染していたのではないだろうか。衛生状態も栄養状態も悪かったのだと思う。

祖父が乗船できたのは最後の復員船だったと聞いていたのだが、日付などを調べてみるとそうではなかった。どうやら軍人よりも軍属の方が優先的に復員船に乗船できたらしく、同じくガラン島で帰国を待っていた部隊がまだまだいたようだ。終戦後、1年以内に復員船に乗船できたのは本当に幸運だったのだろう。

今の時代、本当に便利だ。当時、ガラン島で復員船を待っていたという方の手記がインターネットでちょっと検索すれば読めるのである。期待が大き過ぎて肩透かしを食ったと感じたが、軍歴照会をしなければこれからもずっと知る事はなかった事が色々と分かったのだ。やってみるものである。

【追記】
母方の祖父の所轄の県庁からはメールを送信してから2週間を過ぎても返信がない。勿論、軍歴事項の写しも届かない。本当に私の申請依頼書が手続きされるのか流石に不安になってきた。メールを送信しました!と電話で確認するなど前世紀でもあるまいし、と思いつつ県庁の担当部署に電話した。問い合わせのメールをしたが返信がない事、問い合わせに対する返信はないが既に軍歴照会の依頼書を郵送している事を説明したところ、電話口の男性は「あ、メール・・・」と言って言葉を濁した。どうやらメールは無視する事になっているらしい。やはりメールアドレスをホームページに載せる意味がないようだ。不安的中となったが、私が郵送した依頼書は届いている事が分かった。何やら同じような依頼が多く手が回っていないようだ。そんな言い訳はどうでも良い。一応、手続き中であるのは分かったからいつの日か手続きされるはず。ここは日本だ。ドバイでもインドでもない。その書類がいつの間にか紛失する事はさすがにないと思う。