ないまぜ日記

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役割分担

いつも読ませてもらっているhobbitonさんの日記を読んでしんみり考えた事がある。

母は子供の時から口やかましく「しちゃいけない」等と小言を言うことはなかった。私も特に悪戯をするような事もなかったし、大暴れするような活発な子供ではなかった。それはどちらかというと、自分が今、何かをやらかせば、きっと大人から鬱陶しがられてクドクドと説教されるかもしれない、そんな屈辱的な事は真っ平御免だ!と考えて大人しくしていたように思う。随分と横着な子供だと思うが実際そうだったから仕方ない。

私はあと1週間で3歳という歳から幼稚園に通っていたのだが、その頃の記憶がかなりある。なぜか知らんが、誰かが虐められたと言って私を呼びに来て、虐めている相手を私が威嚇して撃退する担当だったのだ。虐めっ子には当然男の子が多かったが成長が早くて縦にも横にも大きかった私は素質十分だったわけだ。ジャイアンかよ。喧嘩はまずは大きさで相手を威嚇するのだ。自分で喧嘩を売る事はなかったが、ヒトが売られた喧嘩を買っていた。きっと私がお節介だったのだろう。

私は三人姉妹で姉とは2歳、妹とは5歳離れている。姉はいつも「私は長女!」と言って威張っているが、だからと言って私の面倒を見てくれていたとは思えない。そんな記憶がない。もしかしたら記憶がないだけかもしれないが。ただ姉はいつも、自分の友達と遊んでいて私とは遊ぶ機会が殆どなかったように思う。私は一人で遊ぶのが好きだったし、近所の野良猫やうちで飼っていた犬と遊ぶのが好きだった。妹が生まれてからは犬や猫に餌をやって食べるのを見るのが楽しいのと同じで、妹に哺乳瓶でミルクを飲ませていた。側から見れば妹を世話するお利口な姉に見えるだろうが、私にとっては妹を可愛がるというより単純にミルクを飲む妹を見るのが面白かっただけだろう。

説教されるなんて御免だと考える現実的な子供だった私は父と性格がそっくりで、それは父も認めるところなのだが、似た者同士のせいか、父は姉妹の中で私としか話をしない。話というのは世間話という話ではなくて、何か問題が起きた時に相談する相手という意味での話し相手だ。姉と妹は、父にとって娘とはいえ女であって話が通じる人間ではない、女には俺の言う事は理解できないだろうと蔑んでいるところがある。一応私も女なのであるが、父はギリギリ私の事を女ではなく人間だと思っているらしい。父は男尊女卑が甚だしい。ま、気持ちは分かる。母も姉妹ばかりでその伯母達と叔母は揃いも揃って父が決定的に女らしいと思う類の女達だ。親戚が集まる席は本当にとんでもないのだ。あれをカオスといわずしてなんと言う。

母方の従兄弟達の中で妹は一番年下で、未だに「◯◯ちゃん」と呼ばれる。「◯◯ちゃん」は一番年下で誰からも可愛がられ面倒を見てもらえる。妹に聞いてみると、そういう立場というのは親戚の中だけではなくて仕事の場でもそうらしい。そういう役割なのだ。姉の話を聞くと、同じアパートで暮らす子供のいる家族の中でやはり威張っているらしいし、息子関係のママ友の間でもやはり威張っているようだ。姉はいつでも自分が一番上で人を顎で動かして威張っているという立場になるらしい。この「◯◯ちゃん」という立場は末っ子に付いて回るものだが、知り合いの中にも妹と全く同じような立場の女性が一人いて、話を聞いて強く納得してしまった。一度役割分担が出来るとそれが崩れる事はまずないのだ。

私はというと何か問題が起きると最前線に立たされる事が多い。ある勤務先では最終兵器と呼ばれ、突貫工事の際には一番にお呼びがかかる立場だった。やり終えると充実感は勿論あったし、それが仕事に対する動機になっていたのは間違いない。ただ、それが殆ど自己満足で終わってしまっていたのも現実だった。怪我するような危ない仕事を押し付けられていたとも言える。最前線に送り込まれる一兵卒だ。西部戦線異状なし。無職になってからこの立場から遠のいて久しいが、家族の中でこの立場は依然として継続中だ。何か問題が起こると私が動く。姉は威張っているが何もしないし、妹は当てにならない。自分でやるしかないのだ。今までも、私が放り出して姉と妹に押し付けてみたらどうだろうと考えることがあった。しかしそんな事して収拾がつかなくなり、私が後で尻拭いをする羽目に陥るのが嫌で結局自分でやってしまう。基本的に考え方が貧乏臭いのだ。最悪の筋書きを考えてそれを回避するために動く。

損な立場だと自己憐憫に耽るのは精神衛生上良くないねー、と客観的に見られるだけマシかもしれない。