ないまぜ日記

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シベリアの小豆アイス

祖父は二人とも太平洋戦争で外地へ出兵していた。父方の祖父はスマトラ島。母方の祖父は満州。二人とも終戦後、数年経って最後の引き揚げ船でようやく帰国出来たそうだ。スマトラとシベリアで捕虜になったのに五体満足で生きて返ってきたのは幸運だと思う。外地へ行ったきり戻って来なかった兵士の家族にとって、今日が終戦の日と言われても戦争は終わっていないのかもしれない。

二人の祖父は正反対の性格だった。父方は正義感が強く世渡りが下手で役人上がりの威圧的なところがあった。母方は世渡りと裏工作が巧い人当たりの良い商売人で良くも悪くも政治的な人だった。余りにも性格が違い過ぎてお互いに尊敬するところがあったのかもしれない。共通していたのは二人とも独学の博識で好奇心が旺盛で達筆だったところ。

その性格の違いは戦後捕虜になっていた時代に大いに影響したようだ。

父方は元々痩せていたそうだが、スマトラ島マラリアに罹り栄養失調でガリガリに痩せ衰え、髪も真っ白になって引き揚げてきたらしい。一方で母方は満州で捕虜になりシベリアへ移送されたにも拘らず出兵する前よりも太って肌艶も顔色も良く、お土産に強制収容所で手に入れた缶詰のバターなどをたくさん持って引き揚げてきたそうだ。

母方は衛生兵だったらしく、医者のいない強制収容所で収容所の所長に重宝されたそうである。根っから商売人の母方らしく医療行為を行う代償に食べ物をもらっていたそうだ。食事を出される事もあったらしく、ボルシチビーフストロガノフの味を収容所で覚えたそうである。小豆と砂糖をもらい窓の二重ガラスの間に挟んでアイスキャンディを作った事もあったと聞いた。シベリアで小豆アイス・・・。寒い中にアイスを食べたら更に寒かったが鼠にくれてやるのは惜しいので冷凍保存したほうが良いと言っていた。満州での暮らしで冷凍保存という知識を得たわけである。

父も母も物心つく前に出兵した祖父が帰国した時は「このひとだれ???」の状態だったらしい。知らない人が突然現れて父だと威張られても受け入れ難かったと思う。父は結局、祖父との溝を祖父が死ぬまで埋められなかった。埋めようとしなかったような気もする。母は複雑な気持ちがあったようだが、五人姉妹の中で母(四女)が祖父には一番信用されていたような気がする。

ドバイにある焼肉店でデザートに小豆アイスが出てくる。バニラアイスクリームに小豆の煮豆をトッピングしてある。豆に歯ごたえがあるので缶詰の小豆ではないと思う。キンキンに冷房が効いている肌寒い焼肉店で食べる小豆アイスが美味い。いつかシベリアで小豆アイスを食べられる日が来るだろうか。