ないまぜ日記

映画、海外ドラマ、音楽、その他諸々、ないまぜ日記

祖父の足跡

祖父の足跡 足跡編

母方の祖父が満州から旧ソ連へ連行された時はシベリア鉄道を通ったはずだ。私が乗った中央アジアの鉄道は何処かでシベリア鉄道と繋がっている。オムスク辺りだろうか。私が乗った電車が通った同じ線路を祖父も通ったのだろうかと思いながらビデオを撮った。…

祖父の足跡 シルクロード編

首都の博物館で見たものは、シルクロードを実感できるようなものばかりだった。正倉院に所蔵されているような銅鏡や美しいガンダーラ仏に中国から贈られたという本物の兵馬俑まで展示されていた。アレキサンダー大王やチンギス・ハンと歴史上における西洋と…

祖父の足跡 ホテル・レストラン編

私が滞在していた間、連日の真冬日で本当に寒かった。滞在中は兎に角、寒さにどう対処するかが大問題であった。三つのホテルに泊まったのだが、ロビーはどこもあまり暖房は効いておらず上着を脱ぐと冷えてしまうくらいの温度だった。首都のホテルは部屋の暖…

祖父の足跡 青の都編

三つの世界遺産の街を訪れた。シルクロードの時代から続く青い街。モスクや霊廟はどこも青いタイルで彩られ、見事としか言いようがない。兎に角、青い。青は清浄、そして貴重な水を表しているそうだ。一面の青に囲まれると殆ど言葉が出てこなかった。何度も…

祖父の足跡 移動編

【国内線】到着した日、ホテルに着いたのは午後10時半だった。翌日は早朝の国内線で首都から地方への移動だった為、必要最小限の物をスーツケースから出し、それまで着ていた服を詰め、お風呂に入ってベッドに入ったのは12時を回っていた。機内でもかなり眠…

祖父の足跡 到着編

昔、母方の祖父が黒い毛皮の帽子を被っていたのを思い出した。中央アジアの某国への機内でその毛皮の帽子を被っている人を数人見かけ、空港へ到着するとあちこちで見かけた。祖父の収容所があったのは私が訪れた国の隣国だったらしいのだが、あの帽子は旧ソ…

平和祈念展示資料館

祖父の足跡(の近所)への旅を来週に控え、予習の意味も込めて先日見たファミリーヒストリーで紹介された平和祈念展示資料館へ行ってきた。入館無料の小さな資料館なのだが、展示してある人形が動いた時には正直、ぎょっとした(笑)。動くとはまるで思っていな…

祖父の足跡 収容所位置確認

母方の祖父がいた強制収容所は中央アジアの某国だということが分かったのだが、その後も軍歴紹介で手に入れた書類の記述をあれこれ調べていた。すると、根底から覆すような衝撃的な新事実が判明(笑)。手に入れた書類の2カ所に中央アジア某国の首都名があった…

祖父の足跡

揃いも揃って二人の祖父は終戦後に北と南で捕虜になっていた。去年、その経緯を調べて二人の足跡が初めて分かったのだが、なかなかこれがまた、行くのに苦労するような所なのである。それでも母方の祖父がいた捕虜収容所は中央アジアの某国で、シルクロード…

交付

祖父(母方)の軍歴照会の所轄の県庁から資料の写しが届いた。今月初め、県庁の担当部署へメールの問い合わせに対する回答がないと電話した翌々日に県庁の担当者から電話があった。申請をしていた兵籍簿と身上申告書以外に未復員者名簿にも記載があり、これも…

回答

父方の祖父の軍歴に関して所轄の県庁から書類が届いた。驚いた事に「軍歴事項の照会について(回答)」というA4の書類たった1枚だけが郵送されてきた。父方の祖父の所轄の県庁は軍歴資料をそのままコピーするわけではなく写しとの説明があったのだが、やけにあ…

戦後70年

今年は太平洋戦争終結から70年という区切りの良い年ということもあり、昨日の終戦記念日には様々な行事やTVの特集番組で溢れていた。スカパーでも戦争映画の放送が多く否が応でも気になるわけである。二人の祖父は太平洋戦争で出征し終戦後は二人とも捕虜に…

シベリアの小豆アイス

祖父は二人とも太平洋戦争で外地へ出兵していた。父方の祖父はスマトラ島。母方の祖父は満州。二人とも終戦後、数年経って最後の引き揚げ船でようやく帰国出来たそうだ。スマトラとシベリアで捕虜になったのに五体満足で生きて返ってきたのは幸運だと思う。…