ないまぜ日記

映画、海外ドラマ、音楽、その他諸々、ないまぜ日記

エストニア、フィンランド旅行記 その12(最終回)

新鮮な記憶の間に旅行記を書くつもりが、帰国してからふた月以上も経ってしまった。記憶が風化してきて随分と昔のことのように思える。あー、またバルト海に行きたい。今度はラトビアリトアニアにも行きたい。マイレージは今回の旅行で使い切ってしまったので、また地道に貯めている。3年の間にまたヨーロッパ便で使えるくらいのマイレージを貯められるか分からない。マイレージとは別に地道に旅費を貯めようとしているのだが、マイレージとポイントに踊らされている。とうとうポイ活を始めてしまった。このポイ活、何やら微妙にさもしい気分になるのが哀しい。

 

2019年6月14日(金)

ヘルシンキ四日目


あっという間に旅程最終日になってしまった。

あー、日本に帰りたくない。

いっそのことタリンに戻りたい。

 

いつも旅行へ行くと帰りたくない病が発症する。早くうちに帰りたいと思った事がないのだ。うちに帰る喜びというのがあるはずなのに、私はいつも帰りたくない。もっと長く旅行すれば帰りたいと思うのだろうか。帰る所があるから帰りたくないのか、帰る所がないと帰りたくなるのか。


アパートホテルのチェックアウトは11時までだった。9時過ぎまでゆっくり眠ってから身支度をして、スーツケースに全て詰め込んだ。日本への便は夕方だ。時間はまだ十分にある。チェックアウトしてフィンランド国立博物館へ行きランチビュッフェを食べ、中央駅から空港行きのフィンエアーシティバスに乗ることにした。ヘルシンキ空港からヘルシンキ中央駅には電車で移動したのだが、空港駅からターミナル2まで意外と遠かったし、帰りはバスにしてみようと思ったのだった。機内持込にする物(バッテリーやら青竹踏みやらカメラのレンズやら、意外と重たい)を持ち歩かなくて良いように、博物館へ持っていく物だけ別のバッグに詰めて置く。

 

f:id:bs313:20190827011252j:image ヘルシンキ中央駅
f:id:bs313:20190827011300j:image

 

ヘルシンキ中央駅の地下にあるロッカー(ロッカーはたくさんあるのだが、使用中が多くて空いている所を探すのに手間取った)にスーツケースと機内持込バッグを押し込んで身軽になったところで博物館へトラムで向かう。つもりだったのだが、博物館は11時開館だと思い出した。まだ30分はある。今朝はチェックアウトする前にゴミを捨てなければならなかった為、この日はコーヒーも飲まずだ。駅のカフェでカフェラテをゆっくり飲んでから博物館へ行く事にする。

 

f:id:bs313:20190826225853j:image  フィンランド国立博物館

昨日は午後から晴れ間があったが、この日は朝からずっと曇っていてショボショボ雨が降っていた。博物館に着くと開館まであと二分。立派な熊に迎えられカメラを濡らさない様に写真を撮っていると声を掛けられた。フィンランド語で覚えたのは、ありがとうを意味する「キートス」だけだ。とりあえず外国語ではありがとうを覚える。とにかくありがとうを連発しておけばなんとかなる。とは言え、フィンランドでは英語が普通に通じるので得意になって「キートス」と言うと、フィンランド語で返ってきてしまい「ごめん、知ってるのキートスのみ!」と説明する羽目になる事が何度もあった。

 

ヘルシンキでは「何処から来たの? 」と良く話しかけられた。観光客に対して親切な人が多いと思う。軽薄さとは無縁の素朴で実直な人柄というか、治安の良い証拠なのだと思う。ナポリマドリードで感じた「周りはみんなスリだと思え!」くらいの警戒心をちっとも感じなかった。勿論、ヘルシンキの中でも地域差はあると思うが圧倒的な長閑さがあった。

 

博物館にはフィンランドの貴族のお屋敷を再現した部屋もあって、そこにいた博物館の学芸員さんだろうか、色々と解説してくれたのだが、とても面白かった。昔はフィンランドでは夏野菜の栽培は基本的に無理だった。気温も日照時間も足りない。それでもキュウリを食べられると言うことは自宅に温室があるという証明なのだと。イギリスと同じだ。キューカンバー・サンドイッチが午後のお茶に出てくるのは、当時はキュウリが贅沢な食べ物だったからだ。お茶に呼ばれて振舞われるキューカンバー・サンドイッチは「うちはキュウリを栽培する温室があるほどお金持ちですよ!」という意味のある寸劇なのである。そしてそれはフィンランドでも同じだった。説明を聞いて「これこそ虚栄の市!」と言うと、学芸員さん大喜び。「そー、そーなんですよ!」と益々調子が上がって、オレンジやレモンのような柑橘類はとても高価だったと教えてくれた。ありがとう。本当に面白い話が聞けた!

 

最終日のお楽しみフィンランド国立博物館のランチビュッフェへ行った。腰が痛いので博物館内の見学もそこそこに、殆どランチを食べに行ったのと同じだ。そしてやはりこちらのランチビュッフェも大盛況であった。前菜やスープ等、アテネウム美術館の方が美味しかったかな。その日のメニューにもよるだろうし、そこは好き好き。ヘルシンキの美術館に行くならばランチビュッフェがあるかを確認せられたし! ディナーよりお得に色々食べられる。

 

さて、ランチを鱈腹食べて中央駅にスーツケースを取りに戻る。フィンエアーシティバスの運行本数はは電車よりも少ない。バスはギリギリにしか来ないので時刻表を事前に確認しておくのをお勧めする。中央駅と隣接するバスターミナルの一番端っこで、ベンチも少ない。私は乗り場からちょっと離れたベンチで待っていた。その間に日本人女性の二人組がバス乗り場にやってきて、乗り場はここで良いのか?トイレに行きたいけど何処だろうとか、色々と話している日本語が響き渡った。

 

そう言えば、今回の旅行中は一度も道を聞かれなかった。何故かいつも旅行中なのに道を聞かれる。しかも「どう見ても地元の人だろ!」みたいなばあちゃんから聞かれたりする。ヨーロッパの街で白人から道を聞かれると「だから謎の東洋人に聞くなって!」と心の中で叫ぶ。

 

「謎の東洋人に道を聞くなって!」と心の中で叫ぶようになったのは、ロンドン地下鉄のボンド・ストリート駅から始まった。ジャック・タチみたいなベージュ色のレインコートを着たフランス人のあのおっちゃんは今頃どうしているだろう。マーブル・アーチ駅を「まーべるあーしゅ」とフランス語読みしてくるおっちゃんに対し「のーんふらんせー、あんぐれーしるぶぷれ!」と必死に頼んでもおっちゃんは「のんあんぐれー」と言って頑なにフランス語で聞いてくるというシュールな状況だった。なんとかおっちゃんと意思疎通が出来たのが奇跡だったかもしれない。そして通勤時間帯で周囲には身なりの良いサラリーマンがわんさかいたのに誰も助けてくれる人がいなかった。パブリックスクール出の坊々みたいなエリートサラリーマンならフランス語を話せる人がいてもおかしくないだろうに。ロンドンって冷てーなーと思ったのも確かだ。通勤中に余計な事をしたく無かったのかもしれないが。黄色いのと蛙がなんか騒いでると思われていたかもしれない。

 

話が逸れた。

 

件の日本人女性が二人で悩んでいた疑問に私は全て答える事が出来た。しかし、面倒臭いので話しかけなかった。もしバスに乗らない様子だったら話しかけようかと思っていた。時間が来て私は早々にバスに乗り込むと、最後に二人が乗り込んできた。バスはガラガラで席は選び放題だったのだが、その二人は私が座った席の通路を挟んで同じ列に座った。もうなんか、会話が全部聞こえる。しかも一人はかなり声が大きいので聞きたくなくても聞こえる。

 

面倒臭いと思って二人の疑問に知らんぷりしていたのだが、「ボーディングパスっていうのがメールできたんだけど、これってなんなの?」と二人が話しているのが聞こえて流石にこれは説明した方が良さそうだと声をかけた。

 

するともう矢継ぎ早に質問された。ボーディングパスからタックスリファンドから、疑問だらけだったらしい。はいはい、全てにお答えしますよ。助かりました!と感謝されて多少の罪悪感を感じるくらいだった(笑)。お役に立てて何よりだ。

 

定刻の丁度2時間前に空港に到着し、特に買うものもないので搭乗ゲートへ向かうと、なんとそこは機体までバスで移動するゲートだった。私が乗った便は通常ボーディングブリッジが接続されるゲートらしいのだが、当日はどうも他の便が遅れているらしく止むを得ずのゲート変更だった様子。いやまー、仕方ないけど。バス移動だと搭乗に時間がかかるので面倒臭い。

 

搭乗したらしたでかなりの時間を爆睡して映画などもほとんど見なかった。それでもダンスクな顔をしたヴィゴ・モーテンセンがイタリア系を演じるというミスキャストじゃね?と思われた「グリーン・ブック」を見た。アカデミーが好きそうな良い映画だった。ヴィゴがイタリア系に見えなくもないのにまず驚いた。

 

ヨーロッパから9時間半で日本に着いてしまった。すごいな。ヘルシンキすごいよ。直行便がない国にはヘルシンキ経由が良いという結論に達して旅行記を締めくくるとする。

 

エストニア、フィンランド旅行記 その11

2019年6月13日(木)

ヘルシンキ 三日目

 

この日は朝から雨模様で、お昼過ぎまで天気が荒れそうな予報だった。ヘルシンキカードに含まれているデゲロ運河のボートクルーズに行くつもりだったのだが、午後から天気が回復するのを期待して午前中はアパートでゴロゴロ過ごして待機することにした。体力温存に努める。腰痛は相変わらずで、長時間歩くのは無理だと判断した。

 

11時前には雨が上がりそうな雲行きかと思い、昨日と同じくトラムでエテラ港へ向かう。デゲロ運河のボートクルーズはヘルシンキカードに含まれているのだが、空席があるかどうかは港のクルーズを運行している会社の窓口で確認した。オンラインでも出来るのかもしれない。

 

港に到着して次のクルーズまでの間、カウッパトリのマーケットでお土産屋を物色するものの、私の天気予報は大外れ。雨はまるで止まない上に強風が吹き付ける。強風と土砂降りで手がかじかむほど寒い。防水防風のフード付きコートを持って来て正解だった。ボートの上は更に寒いはずだ。セーターは持って来なかったのだが、シャツの上にカシミアのストールを羽織り、もう一枚は首に巻きその上にコートを着込んでいた。ストールを二枚持って来て良かったよ。

 

30分ほど外で待っていたらすっかり冷え切ってしまった。ボート内部は暖房が付いていて暖かい。だが写真がうまく撮れない。ガラス越しだと焦点が合わないのだ。ガラスに雨の雫が付いて、その雫に焦点が合ってしまう。結局、iPhoneで動画を撮る方がちゃんと撮れた。

 

昨日と同じルートでエテラ港からスオメンリンナ島を遠目に見ながらボートは進んで行く。雨が降るのでボートのデッキでカメラが出せない。しかも寒くてデッキにいるのが辛い。

 

バルト海からデゲロ運河に入って行く。この辺りまで来ると雨はすっかり上がり陽が差してきた。そしてバルト海には葦がワサワサ生えている !

兎に角、この運河沿いは気持ちが良い。気分爽快。ニヤニヤするほど気分爽快なんて生まれて初めての体験だった。バルト海は潮臭くない。海風に煽られても髪がべとつかずサラサラなのだ。

youtu.be

 

200年前に煉瓦工場だったこの辺りは今じゃ高級住宅地

youtu.be

 

フィンランドのイメージ通りのこの辺りで、マイケル・ペイリンの歌声「♫Finland Finlan Finland 〜 ♪」が最高潮になっていた。しかもエンドレスループ突入。

 

なんだこの清々しさ。

笑ってしまうほどの健全さ。

youtu.be


f:id:bs313:20190823143621j:image

すっかり心が清められた気がした。このボートクルーズはヘルシンキ観光でも人気だそうだが頷ける。

 

さて、港に戻ってきて、まだアテネウム美術館のランチビュッフェに間に合う時間だ。気分爽快になったお陰で歩いて美術館まで行く事にする。

気分は軽快だったが腰は重い。美術館に到着するとすっかりバテてしまっていた。大した距離ではないのだが、港から美術館までは坂が多いのだ。そりゃそうだ。港が一番土地が低いんだから。

 

アテネウム美術館のランチビュッフェはとても美味しかった。しかも非常に良心的価格である。確か€18とかそんなものだった。ランチにしては高いとは思うが、ヘルシンキではランチで救われた。サラダも前菜もメインの料理も三品はあったし、デザートや飲み物も色々ある。コーヒー一杯と何か甘いものを食べてもヘルシンキでは€10じゃ足りない。本当に美術館のランチビュッフェはお得なのである。そのせいか、レストランは大盛況だった。

 

この彫刻、怖いような可愛いような憐れなような、角度によっては老人のように見えたり実に不思議な作品だった。見学してから2ヶ月以上が経ってしまい、誰の作品かさっぱり記憶にない。どうしてプレートを撮らなかったのだろ。

f:id:bs313:20190821172835j:image
f:id:bs313:20190821172844j:image
f:id:bs313:20190821172840j:image

 

美術館の見学もそこそこ、腰が痛いのでアパートへ早々に戻る。ランチビュッフェで鱈腹食べたので晩御飯はスーパーでチキンサラダを買って帰った。明日も国立博物館でランチビュッフェに行くぞ!と張り切る。

 

その日着ていた服を洗濯し、昨日洗濯して乾いている服など使わない物はスーツケースに詰め込んだ。洗面道具は最後まで必要だし、いつも詰め忘れるのは最後の夜に着ていた寝巻きだ。旅に出る時は帰りの荷物を少しでも少なくするために、下着などは捨てるつもりでボロい物を持って行く。靴下やパンツやTシャツなどなど、一枚でも捨てて行く。うちに帰ってからの洗濯が楽になるし。今回は洗濯機があった上にタオル用のヒーターがあったので、帰国前日にジーンズまで洗濯した。またヘルシンキに滞在する時にはここを利用したい。

誕生日おめでとう

本日は心の王子、ロバート・プラント翁の誕生日であらしゃいます。

馬鹿みたいに元気そうで、自分の行きたい所だけドサ廻っていらっしゃるようです。いつまで馬鹿みたいに元気なのでしょうか。しかし、最近はインタビューで昔話をしていたり、「終活ですか?」と聞きたくなる事もなさっておられるようでございます。

 

終活は 大切だよな!としみじみと

爺の顔見て 思うこの頃

 

下手な歌を詠んでしまった。

実家に帰省

勤め先は今年、お盆休みの設定がなく、有給を使って休めと言う事だった為、代休と有給を取って二日休んだ。山の日という訳の分からない祝日の振替休日と続けて5連休だが、まるで休めなかった。

 

休みの間に実家へ帰省した。実家にある大量の着物を買取に来てもらったり、母の携帯電話の契約を別の格安SIMに変えたり、いやもう毎日やる事が目白押し。

 

予約した便が往きは最終便、戻りは早朝便。直前まで変更しようと粘ったのだが、まるで空かなかった。結局、往きは夜に着いて翌朝移動する駅の近くに泊まり朝6時起きで実家に帰った。出張買取の人が来る前に辿り着きたかったからだ。

 

翌日もなんやかやと予定がありてんてこ舞いの忙しさだった。厳しい暑さも堪えるのだが、引っ切り無しに話しかけてくる母の相手をするのが一番堪える。出張買取では殆ど買い取ってもらえず、出したものは殆どまた同じ箪笥に戻してしまった。少しでも現金になればと思ったのだが、殆ど全滅だった。期待はしていなかったが、予想以上の惨敗だった。

 

あと何か売れそうな物はないかとか、節約できるところはないかとか、必死に考えている時にも母はお構いなく話しかけてくる。もうあれは仕方ないと諦めてはいるのだが、あんまり酷いと寝たふりをするしかなくなる。

 

東京に戻る便で離陸前から着陸するまで全く目が覚めずずーっと爆睡していたらしく、飲み物ももらっていなかった。ボーディングブリッジが接続されドアが開くまでの間にCAさんが「ずっと眠ってらっしゃいましたね。何かお飲み物でも如何ですか?」と話しかけてくれた。流石だ。海外の航空会社ではエコノミーではありえないこの気配り。あんまり爆睡していたので心配されたのかもしれない。まさしく死んだように眠っていたのだろ。

 

昼前にはうちに着いたのだが、眠くてたまらず午後から殆ど眠っていた。翌日から仕事だったのだが、昼前にうちに着いて昼寝をしたお陰かなんと通常運転に戻っている。実家に帰ってよっぽど疲れたらしい。実家でのんびりすると言う人をニュースで見ると、あんたがのんびりするために親が忙しいんだろといつも思うのだ。私だって実家に帰ってのんびりしたいが、のんびり出来た事など一度もない。

 

のんびり出来るのは旅先だけだ。

だからどうしても旅に出たい。

エストニア、フィンランド旅行記 その10

2019年6月12日(水)
ヘルシンキ 二日目

利用したアパートホテルの部屋の窓にはブラインドと分厚いカーテンが付いていた。お陰で日が昇っても部屋は薄暗い。明るくて目が醒めるほどではなかった。お陰で9時過ぎまでぐっすり眠った。腰痛も湿布の効果か少し良いような気がする。

結局、11時までベッドでゴロゴロ。WiFiも快適でサクサクとスオメンリンナ島への行き方を検索。腰痛を考えてなるべく歩かずにすむよう、港までトラムで行く事にする。グーグル先生はヘルシンキ市内のトラムの経路案内などお茶の子さいさいなのである。

この日は快晴ではあったが最高気温は15℃くらいしか上がらない予報だった。最低気温は13℃くらいだったと思うのだが、スオメンリンナ島は風も強いだろうし、日中も殆ど気温が上がらない予報だった為、防風防水のコートを着込んで出かけた。元々、タリンの要塞トンネル内は気温が低いという事で持ってきたのだが、雨合羽にもなるし丁度良かった。防風の生地は薄っぺらでもすごい。中に厚めのセーターを着ると気温が0℃でも寒くない。結局、風を通さないと暖かいというのが分かる。

最寄りのトラム乗り場の近くにあるカフェでコーヒーとシナモンロールで軽く朝食。映画「かもめ食堂」でシナモンロールが登場するが、ヘルシンキではどこのカフェでもシナモンロールをよく見かけた。カフェの中は暖房が効いて暑いほど。3日前まで気温が30℃を超えていたのに今日は暖房。全く緯度の高い国の温度変化には恐れ入る。

スオメンリンナ島へはフェリーに乗る。ヘルシンキカードにはフェリー代もスオメンリンナ島にある全ての博物館の入場料も含まれている。てっきり私は外国人観光客であふれているのかと思っていた。しかしそれよりも地元の人が家族で島へピクニックに行くといった人がとても多かった。お弁当持参で日光浴しに行くといった感じだ。日本人は陽に当たりたがらないが、秋から冬にかけて陽が差さない時期が長いヨーロッパ人は陽に当たりたがる。太陽を欲しているわけだ。フェリーでとなりに座っていた少年達は興奮を抑えきれず素直にはしゃいでいた。

スオメンリンナ島へのフェリーはカウッパトリに隣接するエテラ港から乗船する。





島へはあっという間に到着する。要塞の島は殺伐としていると思いきや正反対だった。カオジロガンは絶賛子育て中。ライラックが咲き誇り甘い風が吹き抜ける。まるで楽園だった。草っ原で大の字になって昼寝しようと思い、人のいない日陰になった所を探すのだが、良さそうな所は先客あり。しかも用心しないと犬のう●こだらけなのだ。犬の散歩をする人がとても多いのだが、う●こは放置していくらしい。この木陰で寝っ転がるかな〜、と思うと、う●こがあるのだ。あちこちにあるう●こが気になって結局、昼寝する事はできなかった。草っ原で昼寝、気持ち良かっただろうに。心残りだ。腰が痛いので横になりたいのもあったしな。

島内には博物館がいくつもある。極小の潜水艦もある。今回の旅では滅多に見学出来ない潜水艦を2艘も見学出来た。スオメンリンナ島にあるヴェシッコ号はちゃんと魚雷も装備されている。殆ど人間魚雷な気分になれるほど狭い!

乗員は4名が限界か?






生首かよ! ガスマスクにマネキンは不要と声高に言いたい。

バルト海を優雅に進む帆船。

楽園のようなスオメンリンナ島だったが、腰痛で動けなくなるとマズイので4時過ぎのフェリーでヘルシンキ市内へ戻った。島で何度も休憩し、キッシュやらチェリーパイやら食べたもので腹も空かない。一旦アパートへ帰ると晩御飯を食べに出かける気にならないだろうと、スーパーで量り売りのサラダとレンジで温めるミートボールを買いアパートへ戻った。ミートボールにマッシュポテトが付いていたのだが、ミートボール共々、かなり微妙な味わいで、サワークリーム&オニオン味のポテトチップスを買っていなかったら、その日の晩御飯はかなり悲惨なものに終わっていたはずだ。ポテトチップス買ってて良かったー。

エストニア、フィンランド旅行記 その9

2019年6月11日(火)

ヘルシンキ 一日目


タリン空港からヘルシンキへの便はプロペラ機である為、タラップを登らなければならない。機内持込のバッグにコートを入れておりバッグが嵩張っていた。早めに搭乗できたので頭上のトランクに収納出来たのだが、大して重くないバッグを持ち上げるのがキツイ。いやこれは本格的に腰がヤバイ。

 

ヘルシンキ空港では事前に予約していたヘルシンキカードとアパートホテルの鍵を受け取る事になっていた。アパートホテルは同じ建物の同じ階に受付事務所があるのだが、事務所はお昼12時に閉まる。到着が12時以降になる場合は空港の旅行会社デスクで受け取る事になっている。ヘルシンキカードも同じデスクで受取という事で非常に便利だった。

 

さて空港からヘルシンキ市内へはどうするか。市内への交通費はヘルシンキカードには含まれない。アパートホテルは中央駅に近かったので電車で行く事にする。

一つだけ問題なのはターミナルから駅までがかなり遠い。到着したのはターミナル2で、駅はターミナル1と2の間にあるのだが、腰が痛い状態で63Lのスーツケースと機内持込のバッグを引いて歩くのはえらく辛かった。元気な時なら近く感じたのだろうか。

 

ようやっと駅のホームに着いて市内までの切符を買う。市内まで行くには何ゾーンまでの切符を買えば良いのか分からず、券売機の近くにいた駅職員さんに教えてもらった。切符の買い方はどの国もなかなか難しい。割引も日本にはない種類もある。片道と往復くらいなら分かるが、ゾーンに分かれている場合、目的地のゾーンが分かっていないと話にならない。空港が何ゾーンなのかも調べていなかった。このゾーンという考え方は日本では見かけない。

 

電車はガラガラ。お陰で両足をシートに上げて座る事が出来た。空港で受け取ったアパートの契約書と鍵の入った封筒を開けると、キーリングに鍵が3個も付いている。建物の入口と部屋の鍵、後一つはなんだ?と疑問に思ったのだが、空港の旅行会社デスクでは説明が一切なく、契約書にも鍵の説明はない。まー良いや。着いてから考える。

 

youtu.be

 

森だ。圧倒的な森感。

石丸謙二郎さんのナレーションの声で聴きたい。

そういえば、森ガールという変な流行は終わったのか?

しかしフィンランドと言えばやはり、マイケル・ペイリン作詞作曲のその名もズバリ「フィンランド」だ。成田からヘルシンキに着いた時に勝手に脳内で再生していたのだが、タリンから再びヘルシンキに戻って来て車窓の風景の森感が凄くてマイケルの歌が鳴り止まぬ。気が付くと鼻歌でずーっと歌っていた。

 

youtu.be 

Finland,Finland,Finland,

The country where I want to be,

Pony trekking or camping,

Or just watching TV,

Finland,Finland,Finland,

It's the country for me.

You're so near to Russia,

So far from Japan,

Quite a long way from Cairo,

Lots of miles from Vietnam.

 

Finland,Finland,Finland,

The country where I want to be,

Eating breakfast or dinner,

Or snack lunch in the hall,

Finland,Finland,Finland,

Finland has it all.

You're so sadly neglected,

And often ignored,

A poor second to Belgium,

When going abroad.

Finland,Finland,Finland,

The country where I quite want to be,

Your mountains so lofty,

Your treetops so tall,

Finland,Finland,Finland,

Finland has it all.

Finland,Finland,Finland,

The country where I quite want to be,

Your mountains so lofty,

Your treetops so tall,

Finland,Finland,Finland,

Finland has it all.

Finland has it all...

 

Copyright:

Writer(s): Michael Edward Palin

 

約2分の短い曲の中で歌詞にフィンランドを始めとしてロシア、日本、カイロ(なぜエジプトにしなかったのか? 語呂が悪かっただけか?)、ベトナム、ベルギーの6ヶ国も登場する。旅番組を製作するだけある。マイケルの北朝鮮の旅行番組は面白かった。後はロシアとベルギーへ行けばこの曲がコンプリート出来る。ロシアはビザが必要でちょっと厄介だがベルギーは簡単だ。

 

そうだ!

これを人生の目標としよう!

意識低い系の人間にはこれくらいで丁度いい。

 

さて人生の目標も決まった所でアパートに着いた。駅からアパートまでは近い。駅前のバス乗り場を突っ切ればそこはもうアパートだった。鍵を取り出して一個ずつ確かめてみると2個目で開いた。鍵の青い印が付いているのが1階出入口の鍵だと覚えておこう。エレベーターに乗り5階のボタンを押すも階ボタンが点灯しない。あ、鍵穴あるじゃん。エレベーターも鍵が必要だった。青い印は出入口用なので、他の2個を試してみる。階ボタンが点灯しない。まさかと思い青い印の鍵を試してみると階ボタン点灯。

なんだこれ、全部同じ鍵で良いって事なのか? 不思議に思いつつ部屋のドアに青い印の鍵を試すと開かない。黄色い印の鍵を試すと開いた。ドアを開けたのにまたドアが目の前にある。二重ドアになっていた。防音対策だろうか。じゃあ、印がない鍵はどこの鍵なんだよ! あ、ゴミ置場が地下にあって、そこにも鍵が付いてるのかも?と予想したのだが、結局ゴミ置き場に鍵は必要なかった。3本目の鍵の謎は最後まで解けず。あ、事務所のおぢさんに聞けば良かった。すごく親切で感じの良い人だったし。

部屋は申し分無い。敢えて言うならばバスタブがあれば完璧だった。スタジオルームでキッチンとバスルーム、クローゼットが付いている。最早ここにずっと住みたいほど快適。洗濯機には多少手こずったのだが、取説をダウンロードしてなんとかなった。そもそも給水のバルブを開けるという基本中の基本に3分くらい気が付かず、水が出ないなーと悩んだのだった。

 

f:id:bs313:20190727000539j:image
f:id:bs313:20190727000546j:image

 

窓からの眺めが良く窓辺に座ってボーッと見ているのが何とも言えぬ良い時間だった。普段、頭を空っぽにするのは至難の業だ。仕事の日程や段取りを考えたり、今日のうちにシーツを洗濯しとかなきゃとか、お母さんの携帯の契約更新はどうしようとか、もうお米がなくなりそうとか、そんな仕事と家事と雑事で頭が一杯になっている。そういうゴタゴタから解放された自由のなんと楽しかった事か。明日は何をやらなきゃ、ではなく、明日は何しよう!と考える楽しさを満喫した。

 

3日分の洗濯物を洗濯機に放り込み、晩御飯を買いに出かけた。すぐ目の前にスーパーがあり、そこで晩御飯と明日の朝食を買うつもりだったのだが、同じ建物内にタイレストランがあるのに気が付いた。腰も限界だったしスーパーへ行くのはやめてグリーンカレーとパパイヤサラダを食べた。普通に美味かった。ご飯がバケツみたいに大きな器でやってきたが。そもそも一人分の料理なんかないから仕方ない。なぜか客は日本人が多かった。もしかしたら駐在員に人気のレストランなのかもしれない。

 

ヘルシンキの水道水は飲める上に美味しい。物価の高いフィンランドで水を買わなくて済んだのは運が良かった。タリン空港で買った水は飲み切ってしまったので、スーパーへ行く気になったのだが、アパートホテルの説明書に水道水は美味しい!と書いてあったので試しに飲んでみると本当だった。カルキ臭くないし、軟水だ。嬉しい。これでお腹の調子が良くなるぞ。

 

旅行前に買った洗濯ハンガーは使ってみるとなかなか優秀だった。もう20年近く愛用している洗濯バサミ付き折畳みハンガーをいつも旅行に持っていくのだが、嵩張るので1個しかない。だが1個では足りない。何かないかと探していたらこれを見つけた。

 

3日分の洗濯物をバスルームのタオルハンガー(ヨーロッパに良くあるラヂエーターになっているやつだった)と布製ハンガーで干しまくり。ジーンズも半日くらいで乾いた。有り難い。

 

熱いシャワーを浴びて温まり、痛みに呻きながら少しストレッチをし、湿布を脹脛と背中と腰とお尻に何枚も貼りまくり、全身ジンジンさせながら眠った。翌日は目が覚めるまで寝ているつもりだ。スオメンリンナ島はヘルシンキからフェリーで15分だ。午後からでも十分時間はある。

 

エストニア、フィンランド旅行記 その8

2019年6月11日(火)
タリン四日目


片っ端から塔に登った影響が如実に出ていた朝。腰が痛くて猫背になりながら朝食を取った。美味しいので最終日も勿論ガッツリ食べた。疲れてはいたものの昨夜のうちにスーツケースはほぼ詰め終わっていた為、10時前にはチェックアウトしてホテルを出られた。ヘルシンキへの便は夕方なので、スーツケースはそれまでホテルで預かってもらう事にする。嵩張るのはウールのモフモフルームシューズだったのだが、ジプロックに入れて真空に近い状態まで空気を抜いてなんとかなった。旅行へ行くと買う物はなるべく少なくと思うのだが、いつも思うだけだ。結局スーツケースに入りきらない物を機内へ持ち込む事になる。

太っちょマルガレータは時間的に難しいため残念ながら諦めた。楽しみにしていた台所を覗け塔と地下トンネルを見学する事にして、まずはホテルから近いヘッレマン塔へ向かう。

聖カタリーナの小径を録画していたら教会の鐘が鳴り響いた。なんと御誂え向きなBGMだろうか。最早ヤラセかと思えるこの状況。天気も良く朝の空気は限りなく爽やかだ。
www.youtube.com
路地を抜けると通称セーターの壁と呼ばれている城壁に出る。

タリンの旧市街を囲っている城壁は保存状態が良い。いくつも登る事のできる塔がある。その中の一つがヘッレマン塔。

f:id:bs313:20190722171007j:plain
f:id:bs313:20190715132334j:plain
f:id:bs313:20190715132233j:plain
f:id:bs313:20190715132255j:plain

城壁から通りを見下ろすと、二階の屋根がなくデッキになっている建物があった。ちょっと雨漏りが心配だが、あのデッキは気持ち良いに違いない。

十分に満喫してヘッレマン塔を後にし、台所を覗け塔へ向かう。台所を覗け塔、変な名前の塔だ。太っちょマルガレータも大概にして変てこりんだが。

地下トンネルのツアーに予約して、先に塔へ登る。意外にも塔の中には見応えのある展示物がたくさんある。面積のある塔ならではで、最上部にはカフェまである。


中世のヨーロッパでは避けて通れないペスト。タリンでも猛威を奮った。バタバタと人が死ぬのを目の当たりにすれば、神にすがりたくなるのも頷ける。



悪目立ちするアレクサンドル・ネフスキー大聖堂(笑)。
実際、タリンの街には不似合いだった。


渡り廊下で頭を空っぽにしてぼーっと青空を眺める。今思うとなんと贅沢な時間だったか。ささくれてザラザラする心を滑らかにしてくれる旅だった。台所を覗け塔のカフェでお茶を買い、ベンチでぼーっ。珍しく他にも客が来た。乙女の塔を通ってデンマーク王の庭へ続く渡り廊下にはやはり誰もいない。

youtu.be


修道士だろうか、頭巾の中は空洞になっている。何やら不穏な空気を漂わせている。この写真を撮って、地下トンネルの見学に向かう為にまた台所を覗け塔の方へ歩き出し、階段を数段降りると腰にビリビリと鋭い痛みが走った。立ち止まり、腰を伸ばすとビリビリビリビリ。ヤバイ。これはヤバイ。兎に角座ろう。

しばらくベンチで休んだが、上半身を捻るとウッと声が出るくらい痛い。地下トンネルもかなり距離を歩くらしい上に階段も勿論ある。いやちょっとこれは無理だ。地下トンネルは気温が低いのでコートを持参していたのだが、これを持ってウロウロしたのがかなり腰に堪えた気がする。

なんてこった。楽しみにしていた太っちょマルガレータも地下トンネルも見ないまま、しかも毛糸屋さんにも行くつもりだったのにこのザマ・・・。

そういえばホテルの近所にタイマッサージがあったぞ!と思い出し、そろそろ歩いて向かう。ここで腰が痛いと説明して、かなり手加減して全身をマッサージしてもらった。それでも痛かったのだが、奮発して60分マッサージしてもらった。背中から腰までリリーオイルの様な揮発性のオイルでユルユルとマッサージしてもらうと幾分か腰の痛みもマシになってきた。いやもう、危なかった。もうちょっとでギックリ腰だった。

旅の後で残酷なのは、日常から逃げだして新鮮な気持ちになっても、うちに着いた途端、強制的に現実へ引き戻される事だ。昔はこれが余りにも嫌で旅行へ行くのを躊躇っていた。今回エストニアへ行こうと思ったのは、従兄弟が急死した事が大きな理由だった。いつ死ぬか分からないと強く実感したからだ。10年なんてあっという間だという事を強烈に意識したからだ。いつまで足腰が丈夫でいられるか分かったものではない。そう思っていた。

今現在、既に足腰弱ってるときたもんだ。やはり早く行きたい所には行っておかねばならないらしい。

ホテルへ戻ってスーツケースを受け取り、ホテルの若い女性にスーツケースを玄関まで降ろしてもらえて本当に良かった。自分でやっていたら確実にギックリ腰だった。えっちらおっちら、なんとかトラムで空港まで行きスーツケースを預けると一気にホッとした。

タリン空港は小さな空港なのだが、搭乗口がやたらと凝っている。デザインが洒落ている。のだが、腰が痛くて写真を撮る心の余裕を失っていた。


それでもプロペラ機は写真に撮っている。普通車両の様にスタンドで燃料を補給している! 隣の席は把瑠都(だから把瑠都じゃないって)よりずーっと小さな男性だった為、斜めに座る必要もなく無事にヘルシンキに到着した。