ないまぜ日記

映画、海外ドラマ、音楽、その他諸々、ないまぜ日記

ギャラリー 其の三

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更に調子に乗っている。

食堂兼居間兼書斎兼寝室ギャラリー。

テーマはまた行きたい所。

 

ベルリンのチェックポイントチャーリーにはどうしてももう一度行きたい。ベルリンの壁のカケラがお土産として売られていると知ってから、必ず買おうと思っていた。チェックポイントチャーリー博物館に行けた時は本当に嬉しかった。当時まだ結婚していた私は、嬉しいと同時に私はまだ解放されないままだと悔いる気持ちがあった。離婚した今、東から西へ脱出した兵士の写真が、結婚からトンズラできた私と重なる。玄関ドアには、アスベスト飛散防止の為かガチャ玉に封印され売られていたベルリンの壁のカケラをぶら下げている。

 

海外旅行に行けるようになるのは、ワクチンが開発されてからだろうなー。どっか行きたいなー。

ギャラリー 其の二

トイレギャラリーを作ったら、調子に乗ってきた。

 

玄関兼廊下兼洗濯機置場兼台所兼脱衣所ギャラリー

 

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中央の絵葉書は撮影禁止の注意書きと毅然とした三毛猫女史の顔が素晴らしくてとても気に入っている絵葉書だ。気に入っている割に記憶が曖昧でアムステルダムで買った事は覚えているのだが、それ以上は思い出せない。

 

防水スピーカー

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お風呂で音楽を聴きたいと思い防水スピーカーを購入した。お手頃価格でもある程度の音の良さを求めた結果これになった。5000円くらいでこの音なら思ったより全然悪くない。迷彩柄、意外と可愛い。

 

「戦時中」という言葉がある。悪い事の枕詞のようだ。戦時下では灯火管制され空襲警報がなると防空壕へ逃げる。従わないと警防団という公務員なのか自警団なのか良くわからない曖昧な輩に指図されたりするわけだ。

 

本当に今が戦時中でなくて良かった。少なくとも人権は守られている。何しろ自粛要請なのだから罰則はない。人権を守ろうとし過ぎて緊急事態宣言の効果が薄れているのは事実だが。敵勢音楽を聞くけしからん奴だと通報される事もない。SNS上では警防団のような輩がウヨウヨいるようだ。精神的均衡というのは実に難しいものである。おーこわ。

 

今住んでいる部屋はユニットバスの排気口が玄関側にある。部屋が狭いのでダクトが短く、この排気口からユニットバス内の音が響く。昨夜ゴミを捨てて部屋に戻ってくると隣室の排気口から歌声が聞こえた。風呂で鼻歌を歌っているというより熱唱していた。山口百恵の「プレイバック Part2」だった。曲が分かるくらい意外と聞こえる。隣室は恐らく私と同年代の女性だ。知らなかった。隣は女性が住んでいたのか。うちに篭ると熱唱したくなるのは私と共通らしい。

 

あんなにダダ漏れするとしたら自分で歌うより歌ってもらう事にした。とはいえ、結局は一緒にジャニス・ジョップリンを歌ったりしている。ジャニスの「Summertime 」まさに熱唱なのである。

 

iPhoneをランダムに再生させていたら井上陽水の「傘がない」が流れてきて、さすがにちょっと洒落になってねーなと思い、湯船から慌てて出て止めた。自殺する若者が増えている〜♪って風呂では聴きたくないぞ。プレイバック、元い、プレイリストPart2でも作るか。

トイレギャラリー

旅行へ行くと絵葉書を良く購入する。如何にもありふれた観光地写真絵葉書も購入するが、写真ではなくポスターであるとか時代を感じさせるものが好きだ。博物館などで売られている絵葉書は面白いものが多い。

 

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ただ私はまるで筆まめではない。絵葉書を出す事もほとんどない。旅先から絵葉書を出す事はあるが、中央アジアの某国から絵葉書を4枚も出したのについぞ誰にも届かなかったのは今でも思い出すと口惜しい事この上ない。葉書を投函するより何か贈り物をする時に一言添えるカード代わりに絵葉書を使う事の方が圧倒的に多い。

 

その為、絵葉書は溜まり放題だ。引越しの時にかなり処分したのだが、それでもまだまだ売るほどある。実際、引越しの際に絵葉書を買い取ってくれるところがないか調べたが、コレクターがいるような戦前の絵葉書などでない限り引き取ってもくれなかった。

 

そういうわけで(どういうわけだ?)絵葉書を飾ろうと思い立ち、どこを飾るか検討を重ねた結果、まずはトイレという事になった。トイレは密室だ。独り暮らしの狭い部屋だからトイレ以外も十分に密室だが。

 

私は狭い所が好きだ。昔、出張で泊まった宿で十二畳の和室に寝た時は落ち着かなかった。宿に着いたのは夜の10時近く、既に布団が部屋のど真ん中に敷いてあった。常宿だったビジネスホテルが満室で泊まれず、探しまくってやっと空いていたのがその旅館だった。素泊まりで一人で十二畳の和室というのはあれっきりだ。布団を部屋の真ん中から床の間のほうに寄せて寝た。自分の感覚が小市民的な貧乏臭さだと思い知った。

 

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そういう貧乏臭い狭い空間好きにはトイレが自分仕様なのはとても快適だ。私はトイレに篭る事はない。トイレで本を読んだりするわけではないのだが、自分の内面を直視する場所ではあると思う。更に物理的に尻も曝け出している。内外共に曝け出す場所なのかもしれない。そういう意味では風呂も同じか。

 

そういう場所を好きなもので飾るのはなかなか気分が良い。最初は潔く季節に合わせて一枚だけ飾ろうと思ったが、結局ゴチャゴチャと何枚も貼ってしまった。お手軽にメンディングテープで貼っただけだ。トイレギャラリーはあっという間に完成した。

給食当番マスク

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「ただでマスクをくれてやる政策」の例のマスクが4月末に届いた。私の居住区は都内でも感染者数の多い区のせいで優先順位が高かったのかもしれない。意外と早いと思ったのだが、回収されたのじゃなかったか? 回収が間に合わなかったのか?

 

虫や髪の毛の混入もなく汚れもなかったのだが、色々不穏な品質状態の可能性があるので、とりあえずバラして洗濯した。ガーゼはマスクの裏地に、ゴムも材料に使おうと思う。貴重な材料である事は間違いない。そのまま使うとやはり給食当番のマスクなのだ。国会での首相を見れば一目瞭然。大人には小さ過ぎる。私のような二重顎には余計無理だ。洗濯は済んだが、どうにも作る気にならない(笑)。

 

初めて給食当番マスクを付けて国会答弁中の首相を見て「何考えてんだこのおっさん?顎が出てるだろうが。唾飛ばしてるだろそれ。何かの悪い冗談か?」と思ったものだが、確か翌日に「ただでマスクをくれてやる政策」を発表した。自信満々の政策を発表する布石というか伏線というか、「あー、首相が付けてたあのマスクはこの事だったのね!」と国民が負に落ちて首相礼賛の筋書きを書いていたのだろう。

失笑を誘うとは予想だにしなかったのだな。なんだか哀れな佇まいだ。裸の王様というか、革命というより最早クーデターだったと思うがルーマニア革命で群衆を目の当たりにした独裁者というか。もう末期的としか言いようがない。

 

PCR検査数が圧倒的に少ない事が感染者の減少の足枷になっていると指摘する各分野の学者先生が出てきたようで、これで専門家委員会の方針転換がされてPCR検査が増えれば市中感染が減少すると期待したい。

 

リーダーシップを持った首相を求めるのは贅沢な願いなのだろうか。

 

 

マスク狂想曲

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もう3ヶ月近くマスクを店頭で見かけない。トイレットペーパーは先週、ようやく購入できた。トイレットペーパーが不足するというデマが出るちょっと前に自宅のトイレットペーパー在庫が切れそうになっていたので購入したのだが、いつも買っている長尺のトイレットペーパーがセールしていたので8巻も買ったのだ。これが本当に助かった。買い過ぎだなと思いつつ、もし買ってなかったら今頃は新聞紙を揉んでいたかもしれない。

 

マスクは買う事を早々に諦めた。幸い2月初旬、北海道から上京した友達にマスクを買ってきてもらい、その在庫がまだある。だが週末に食料品を買う為ほんの30分出かけるのに貴重なマスクを消費したくない。そこで手ぬぐいマスクを作ってみた。接着芯なしなのでヘロヘロだが鼻と顎は覆える。手ぬぐい1枚でマスクが二つできた。写真の柄以外は菊五郎縞の手ぬぐいでも作り全部で8枚できた。ミシンは出すのが面倒なので手縫いだ。マスク用のゴムはオンラインショップを探し、注文から2週間くらいで届いたので、在宅勤務になってからは自作マスクを使っている。

 

私が働いているのは工期最優先の建築業界だ。工程遅延、引渡し延期は施主がうんと言わねば現場は動き続けるしかない。引渡しが遅れれば巨額の賠償金を施主に支払わねばならないからだ。一旦工事が始まれば、工期が最優先だ。人命より工期なのである。ショー・マスト・ゴー・オンなのである。在宅勤務でも毎日残業って、どういう事なんだよ。つか在宅勤務の方が働いてる時間が長いって予想外だったな・・・。コロナ騒ぎの影響のしわ寄せがジワジワと追いかけてきているのだ。通勤時間がない分、その時間も働いている。

 

それでも私は在宅勤務で通勤電車に乗らず、同席せずにテレビ会議で打合せできる。現場事務所に常駐するのとは天国と地獄の差がある。どんな業界にしろ現場の人は本当に過酷だ。

 

在宅勤務は音楽を流せるので意外と快適だ。先週は夕方になると喉がひりひりするし声がかすれるなー、まさかコロナだろうかと毎日のようにビビっていた。が、それは単に喉の使い過ぎだった。先週はビリー・ジョエルのベストアルバムを何度となく聞いていた。

 

おおおおおおおねすてぃいいいいいず

さっちゃろんりわああああああど

えぶりわにずそおおおおあんとぅるうううううう

 

「Honesty」とか「Piano Man」とか熱唱すると喉に堪えるという事が分かった。ダスティ・スプリングフィールドも喉に堪えた。寝る時もマスクをして喉の保湿をした方が良さそうだ。

 

これで半分なのか?

コロナウィルスの世界的流行で世の中がひっくり返り、日常が日常でなくなった今日この頃。

 

五十歳になった。

 

歳を取ることにはそれほど抵抗感はない。老眼になっても、来たねー、仕方ないねー、と思うし、いつまでも若い見た目を維持する事に命をかけているような人を見ると、いつ諦めるのかな?不思議に思う。人生100年なんて言われると、これでまだ半分なのかよ!と言いたくなる。

 

先週から勤務先がテレワークにすると言いだした。それが出来るならとっくに自分で提案していた。ただ、テレワークにする為には何が必要なのかが良く分かっていない人が言い出した事なので、色々と不都合がある。

 

勤務先のネットワークサーバーに私はインターネットを通じてのアクセス権がない!と言っても、「だからメールで送ってよ!」などと言われるのだ。会社のサーバーにアクセスできないので会社でしかメールは送受信できません!と言っても、「えー? パソコン持ってないの?」と素っ頓狂な声で驚かれた。いやだから、パソコン持ってる持ってないが問題じゃないから。個人のメールを送信する訳じゃないから! それに自分のパソコンには会社で使ってるアプリケーションはインストールされてないから。

 

こんな人には何を言っても分からないのだ。仕方ないのでデータを大量にコピーして、大量の紙資料とモバイルパソコンではないクソデカくて重いノートパソコンを持って帰り自宅で仕事をしている。が、そのデータを更新する為にはそのパソコンを持って出勤するのだ。こんなのテレワークではない。テレワークとは何か、誰か勤務先の人に教えて欲しい。

 

それでも毎日、通勤電車に乗るよりは良い。会社でマスクをせずに話しかけてこられるよりは自宅にいる方がストレスもリスクもない。

何しろ今は独り暮らしだ。自分の世話さえしていれば良いのだ。良かった。五十歳になる前に離婚しておいて、本当に良かった。

 

と、胸を撫で下ろしている。

 

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近所の八重桜が咲いている。

花見だ、花見。

誕生日なかなかめでたいじゃないか。

 

あの鳥、なんだろ?